マエストロ紹介

Mario Capicchioni

マリオ・カピキオーニ (1926~/リミニ)

1926年9月7日サンマリノに生まれる。リミニに工房を構え、すでに高い評価を得ていた父マリノの下で研鑽を積み、1943年にストラディヴァリ及びグァルネリ型の楽器を製作し評価を得る。1959年の弦楽器国際コンクールにて、彼の製作したヴィオラが最優秀のゴールドメダルを獲得しさらに高い評価を得る。現在も父の後継を担いリミニに工房を構える。

カピキオーニのストラド型はアーチがミディアムであり、グァルネリ型はローアーチである。コーナーはストラドを採用しているが、f孔は長くエッジの利いたグァルネリ・デル・ジェスの特徴を組み合わせ、楽器の全体像としては非常にシャープな印象である。ニスは独自の調合により色合深くコントラストが独特である。

音色の深さと反応は現代楽器とは到底信じられないポテンシャルを秘めており、全体的に音が太く、レスポンスに優れハスキーな独特のイタリアントーンである。高音は明快であり低音は重厚である。

さらにカピキオーニ父子の優れた功績は、一流ヴァイオリニストに愛用された付加価値性を歴史に刻んだことである。この事実はカピキオーニの圧倒的なる評価の裏付けとなっている。ダビッド・オイストラフ、ユーディー・メニューイン等の超一流アーティストがカピキオーニの製作楽器を使用し演奏した。父マリノの製作ヴァイオリンは、数々の著名な演奏家に愛用され、イ・ムジチ合奏団の主席奏者であったフェリックス・アーヨがヴィヴァルディ四季のアルバムに使用し録音した。現代の銘器と呼ばれるに相応しい父子二代の弦楽器メーカーであることは間違いない。

カピキオーニの価値評価は現代のヴァイオリン製作家において傑出して高く、息子マリオは最も高い評価を得ている(東京音楽社 『楽器の事典 ヴァイオリン』)。さらにその裏付としてフィレンツェのマエストロ、カルロ・ヴェットーリ著『20世紀のマエストロ』において、オイストラフ、メニューインの使用ヴァイオリンは息子マリオの製作したものであると明記されているので参考とされたい。
Mario Capicchioni
1999 violin

Gio Batta Morassi

ジオ・バッタ・モラッシィ (1934~/クレモナ)

1934年ウーディネ県アトラに生まれる。ウーディネ商工会議所より奨学金を得て、1951年クレモナの弦楽器製作学校に入学。1955年卒業の後、教師に抜擢される。1971年より主任教授となり、彼に学んだ生徒の中には国際的な名声を得た弦楽器製作者も多数存在する(コニア、スコラーリ、ピストーニ等)。1976年、クレモナの中心街ラナイオーリ通りに工房を移転、今日に至る。

クレモナの弦楽器製作の伝統を現代に蘇らせた立役者であり、コンテンポラリー・ヴァイオリン製作者としては世界的に最も有名で、需要、流通、製作数等最も多く完成度の高さも申し分がない。

彼の技術は、ミラノの弦楽器製作者ジュゼッペ・オルナーティ(Giuseppe Ornati)とフェルディナンド・ガリンベルティ(Ferdinand Garimberti)両氏に学ぶ事でより完成されたという。

モラッシィの弦楽器製作の特徴は、クレモナの伝統技法であるカッサキューゾ(内枠式製作方法。木型の周りに横板を巻いて胴体を作る、つまり内側へ締めていく工法)ではなく、カッサアペルト(外枠式製作方法。内側から横板を押し付けて胴体を作る、つまり外側へ開いていく工法)を採用している点とパフリング(板の周縁部にある黒い線)を入れるタイミングである。パフリングに関しては、ビソロッティが表板と裏板を膠付けした後に外形を仕上げてからパフリングを入れるのとは対照的に、モラッシィはパフリングを入れた状態で表板と裏板を膠付けして完成させている。

最も印象深い技巧は、アーチの正確さである。f孔の外側がキュッと上がった独特の形状が、独自の特徴的な引き締まった透明度の高い音を生み出していると思われる。音の均一性も素晴らしい。モラッシィの材料選びのポイントは、製作用にカットされた原木の中からいくつか選定し、そのままの状態でトントン叩き、その叩いた音でより良質かの判断を下す。工房には息子シメオネを筆頭に、かなりの人数の弟子や生徒達が製作に関わり、さらなる技術向上に専念している。
Gio Batta Morassi
1996 violin

Francesco Bissolotti

フランチェスコ・ビソロッティ (1929~/クレモナ)

1929年4月2日、クレモナ県の小さな町ソレジーナに生まれる。

家具職人の叔父の影響下、幼少期より木工に親しみ、10代で既に大工として働いていたが、作業場で彫刻に魅せられ、カステッレオーネの彫刻学校に入学。さらに装飾デザインの技術も学ぶ。一方でヴァイオリンも学び、師であるヴァレリオ・ボルディに薦められヴァイオリン製作の道にすすむ。1957年、周囲に多額の借金をしてクレモナの弦楽器製作学校に入学。この時すでに妻帯者であったビソロッティは自宅のあるソレジーナからクレモナまで電車通学し、遅くに帰宅してからは自分の仕事をこなす日々だったようだ。

1961年に同校を卒業、すぐに教師として迎えられる。1962年にはシモーネ・フェルディナンド・サッコーニに再会(1958年が最初)し、400挺ものオールド・クレモナ・ヴァイオリンを所有していた彼から技術、知識のみならず情熱、振る舞いまで多大なる影響をうける。サッコーニとストラディヴァリ時代のクレモナ・ヴァイオリンを研究することで、当時のクレモナの伝統的なヴァイオリン製作方法を会得していく。現在ではモラッシィと知名度を二分するクレモナを代表する楽器製作者である。

彼の製作ポリシーは非常に厳格であり、ストラディヴァリの時代より踏襲されるカッサキューゾ(内枠式製作方法。木型の周りに横板を巻いて胴体を作る、つまり内側へ締めていく工法であり、クレモナ伝統の精度の高い製作技術)による製作を頑なに守り続けている。また、モラッシィとは対照的に、表板と裏板を膠付けした後に外形を仕上げてからパフリングを入れている。板の厚みなども全てストラディヴァリに倣って決めているようである。カッサキューゾの特性として、括れの先の容積が微妙に変わることにより各々の楽器の個性が強調される。これは広範な音質を生み出し演奏家の様々な個性に対応することが可能となる。各製作楽器が素晴らしい個性的音色を醸し出している。仕上がりについては、全てビソロッティ独特の作風とニスの色合を見事に融合させた魅力ある楽器となっている。評価はモラッシィ同様、作品の仕上がり、知名度いずれも非常に高い。
Francesco Bissolotti
1996 violin

Renato Scrollavezza

レナト・スクロラヴェッツァ (1927~/パルマ)

1927年4月14日、ピアチェンツァ県カステルヌオーヴォ・フォグリアーニに生まれる。

幼少期より絵の才能を発揮するが、彼の興味の対象は音楽、それもヴァイオリンであり、17歳で長年の夢であったヴァイオリンに触れてからは独学でヴァイオリンを製作する。24歳で初めてクレモナの弦楽器製作学校の存在を知り、教師であるピーター・タターの励ましをうけ、1951年に入学する。1954年、学生でありながらローマ国際ヴァイオリン製作コンペティションに参加し銀メダルを受賞。1955年に同校卒業後、パルマに工房を構える。当初パルマでは弦楽器製作者として生活が成り立たず、やむなく他の職につかざるを得ない時期があったが、その間にも彼の作品が数々の賞を受賞し(1956年ローマで2つの銀メダル、1957年アンコナで金メダル、1959年ペグリとアスコリ・ピセノでそれぞれ金メダル、1960年ペグリで銀メダル、1963年と1965年にはクレモナでそれぞれ金メダル等)彼の名声はイタリアのみならず国外にも広まり、確固たる地位を確立していった。1972年と1977年にはヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールの審査員に選出、1975年よりパルマのアリーゴ・ボイト音楽学校、1979年から1983年までミラノのヴァイオリン製作学校にてそれぞれ教鞭を執った。また1988年にはパガニーニの〝キャノン〟のキュレーターに就任、2000年まで続ける。その功績に対してジェノヴァ市からGrifo di Bronzo賞を授与される。現代イタリア弦楽器製作者を代表する巨匠の一人。

スクロラヴェッツァはアマティベースにストラディヴァリを加えた形状が特徴的である。音は美しく繊細であり、製作した個々の楽器に愛称をつけている。たとえば『ドナテッロ』などのギリシャ神話にある神の名称が多いようである。
Renato Scrollavezza
1999 violin

Giorgio Scolari / Daniele Scolari

ジョルジオ・スコラーリ (1952~/クレモナ)
ダニエル・スコラーリ(1961~/クレモナ)

兄ジョルジオは1952年クレモナ県カザルブッターノに生まれる。クレモナ弦楽器製作学校ではピエトロ・ズガラボット、ジオ・バッタ・モラッシィに師事、1970年同校を卒業。1970年から1976年までモラッシィ工房で修行を積み、その後自らの工房を構える。1971年、第4回クレモナ・ビエンナーレ、第2回若手製作者コンクールともに金賞を受賞。1976年、第1回クレモナ・トリエンナーレ金賞受賞。1974年よりクレモナ弦楽器製作学校の教師として後進の育成に力を注ぎ、後に同校の副校長に就任。現在、9才下の弟ダニエル・スコラーリ(1979年にクレモナ弦楽器製作学校を修了)と共に新しい工房で働いている。ヴァイオリン族の楽器はもとより、注文に応じてギターやベースも製作。レオナルド・ダ・ヴィンチ考案の馬の頭蓋骨の形をした竪琴(リラ・ダ・ブラッチョ)を再現するなど専門知識と技術は高く評価されている。地方政府協定計画の専門コーディネーター、クレモナ楽器工房環境整備コーディネーター、イタリア手工業者総同盟のクレモナ県弦楽器製作者支部委員長、クレモナ弦楽器製作者協会の会長などを歴任。現代クレモナ弦楽器製作者を代表する巨匠の一人。

作風は正確さと豪快さが同調しており、板が非常に厚く、グァルネリ型は少し大きめのサイズを採用しているようである。音はその姿に等しく底抜けに良く鳴り響く。その音量については他の追随を許さないであろう。
Giorgio Scolari / Daniele Scolari
1997 violin

Umberto Lanaro / Alessandro Lanaro

ウンベルト・ラナロ (1930~/パドゥバ)
アレッサンドロ・ラナロ(?/パドゥバ)

1930年パドゥバ県に生まれる。兄であるルイージ・ラナロに弦楽器製作を習い、1945年から1953年まで共に働く。兄と共に5年間アルゼンチンで製作活動を行なった後、故郷パドゥバ県アルビニャーゼゴに戻り工房を開く。1976年バニャカヴァッロで金メダル受賞。現在は息子アレッサンドロと共に工房を運営している。

ガダニーニ型のみ採用し製作。その音はガダニーニの特徴を見事に踏襲しており、透明感が強く暖かい音色は〝洞窟の中で弾いているよう〟と形容される。ニスは独特であり、赤茶系の他に類のない特徴的な仕上がりである。

Enzo Barbieri

エンツォ・バルビエーリ (1935~2012/マントヴァ)

1935年2月21日マントヴァ県に生まれる。非常に高名な製作家ブルーノ・バルビエーリを父に持ち、兄シルヴィオも弦楽器製作者と、ステファノ・スカランペラ以来のマントヴァの伝統を代々伝える楽器製作一族の出身。1974年よりマントヴァに自宅兼工房を構える。

バルビエーリはマントヴァのモダンイタリー製作家であったスカランペラのコピーを専門としており、大型と小型の両タイプを製作したようである。大型は音が太く強い印象である。一方小型の方は透明感があり女性的な音色である。ニスの色合は特に統一されず、赤、黄、橙、茶等様々である。

Carlo Vettori

カルロ・ヴェットーリ (1940~/フィレンツェ)

1940年11月2日、フィレンツェ県フィレンツオーラに生まれる。父ダリオより弦楽器製作を学び、14才にして最初のヴァイオリンを製作する。16才で金賞受賞。19才で独立し、フィレンツェに工房を構える。1982年Peritale collage of the A.N.L.A.Iで教壇に立ち、1985年には副校長に選出された。ヴァイオリニストのマルコ・フォルナシアリ(Marco Fornaciari)がヴェットーリのヴァイオリンで録音、またフィレンツオーラ室内楽団では彼の楽器のみを使用したコンサートも行なわれた。著書に「Linee Classiche della Liuteria Italiana」がある。

ニスは土地柄に同じく温かみのある橙の明るさがあり、作風はだるまのように丸いが、清潔感に溢れる雰囲気を醸し出している。楽器の音色も同様にやさしく清潔なもので、愛情をもって大切に作られた丁寧な印象が伝わってくる。

Defendente Febbrari

デフェンデンテ・フェブラーリ (1929~/ブレシア)

1929年ブレシア県に生まれ、この地に工房を構える。製作基盤はアマティ・モデルをメインとし、ストラディヴァリ型、マジーニ型、ガスパロ・ダ・サロ型と多彩であるが、どれもアマティ色の強いパターンである。ニスはゴールデンイエローバーニッシュの黄土色もしくは赤茶系をベースとしている。音色は高音が爛々と輝かしく鳴り非常に心地よい印象である。1986、88、90年にバニャカバロコンクール、1987年にゴリツィア・オルトーナコンクール、1988年にブレシアのコンクールに出品している。

Francesco Camarda

フランチェスコ・カマルダ (1932~/ロビーゴ)

1932年ロビーゴ県生まれ。この地に工房を構える。特に型に拘るところがなく、オリジナルモデルであり、二種類のパターンがある。ニスはダークレッドを基調としておりイエロー系も取入れている。音は低音に特徴があり力強い印象であるが、大変やわらかい音色でもある。

Guerriero Spataffi

グェリエロ・スパタフィ (1916~2007/グッビオ)

1916年ペルージャ県グッビオに生まれる。14才より製作を始め、グッビオに工房を構える。ルイジ・モッツァーニ氏の仕事と原木(材料)を受け継ぎ後継者となる。excellent soloists のためにヴァイオリンを製作し特にカルテットは有名であり、フィレンツェの名工カルロ・ヴェットーリが所有している。クラシックギターも製作し、偉大な製作家の修理も手掛けた。クレモナのそれとは全く違う素朴な形状と音色のやさしさをもつ。1976年からグッビオ弦楽器製作学校の校長を30年にわたり務めた。

Dominicus Migliorati

ドミニカス・ミリオラティ (1922~/ブレシア)

1922年ブレシア県に生まれ、この地に工房を構える。ニスはレッドブラウンバーニッシュが冴え、スクロールは渦巻が均等であり、ガスパロ・ダ・サロなどのブレシア型の特徴があると思われる。ミディアムアーチのコンパクトな形状だが、低音がパワフルでグァルネリ風の音色である。ブレシアの製作家であったジュゼッペ・ステファニーニのモデルにインスピレーションを受け製作していることも彼の特徴である。
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